「コロナワクチン後に耳鳴り」米で1万6千人超
✍️記事要約
■ワクチン研究者でも見解分かれる、因果関係の判断には特有の難しさ
米メイヨー・クリニックのワクチン研究グループを率いる内科医のグレゴリー・ポーランド氏は、2021年2月、新型コロナウイルスワクチンの2回目を接種した後、ふいに激しい耳鳴りに襲われた。車で帰宅途中だった氏は、危うく隣の車線にはみ出しそうになった。
「まるで、耳の中で誰かがいきなり笛を吹き始めたような感じでした」とポーランド氏は言う。「それ以来、耳鳴りがやむことはありません」
まれな重度の耳鳴りが、新型コロナワクチンの接種と関連している可能性があると考える人は多い。世界有数のワクチン研究者で、医学誌「Vaccine」の編集長でもあるポーランド氏もその一人だ。耳鳴りは、新型コロナに感染することで起こる症状として知られている。
両者の関連を示唆する証拠は増えつつあり、対応する動きも見られる。ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)社は2021年2月、同社製新型コロナワクチンの米国向けファクトシートに、起こりうる有害作用として耳鳴りを記載した。世界保健機関(WHO)は、2022年最初のニュースレターで、複数種類の新型コロナワクチンについて耳鳴りとの関連があるかどうかを調査するよう呼びかけた。
欧州医薬品庁(EMA)は2022年7月、アストラゼネカ社製のワクチンで起こりうる有害事象として耳鳴りを追加した。また、オーストラリアは2023年1月27日、ノババックス社製ワクチンの添付文書を更新し、耳鳴りを起こりうる有害事象として認めた。
米国では、新型コロナワクチンの接種後に耳鳴りがするようになったと訴える人が1万6000人を超えた。発症した時期は、接種の数時間後から、数日後や数週間後までさまざまだ。しかし、米疾病対策センター(CDC)の広報担当マーサ・シャラン氏は2023年2月、「我々の調査からは、疫学的な研究を開始すべきとする証拠は得られていません」と表明した。
現時点では大規模な調査をしないというCDCの決定について、ポーランド氏は、「透明性を求めたいと思います。決定はどのように行われたのでしょうか」と述べている。
一方で、これほど短時間に起こる有害事象とワクチンとの関連性について、懐疑的な見方を示す専門家もいる。米フィラデルフィア小児病院でワクチン教育センターの所長を務めるポール・オフィット氏は言う。
「一般的な原則として、ワクチンに伴う副反応は、ワクチンに対する免疫反応に伴って起こるのです」。有害作用になりうるレベルのことが起こるには、通常は少なくとも数日はかかるという。「ワクチン接種から1時間で耳鳴りを引き起こすなんて、一体何が起きているというのでしょうか」
■ 測定できない「幻の音」
米耳鳴り協会によると、耳鳴りを経験したことのある米国の成人は2500万人以上にのぼる。耳鳴りを引き起こす病気は約200種類あり、一般的なかぜからより深刻な病気まで幅広い。また、難聴や投与する薬を変えたことが原因となる場合もある。耳鳴りには一時的なものもあれば慢性的なものもあるが、完治させる方法はなく、効果的な治療法も少ない。
耳鳴りの研究には、関連性の調査という点で独特の難しさがつきまとう。
「大半の副反応とは異なり、耳鳴りは少なくとも今のところ、測定も、画像化も、血液検査での確認もできません。すべてが主観的なのです」とポーランド氏は言う。「そこに難しさがあります。目に見えず、測定できず、治療さえできない副反応については、臨床医は軽視しがちだからです。それと同じことが、CDCでも起きているのだと思います」
ポーランド氏が指摘する点は確かに難しい問題だと語るのは、米スタンフォード大学の耳鼻咽喉科医コンスタンティナ・M・スタンコビッチ氏だ。「耳鳴りは脳が生み出す幻の音であり、通常は、内耳に傷があるときに脳が作り出します」と氏は説明し、客観的な指標がないことが耳鳴り研究の「大きな障害」だと付け加えた。「患者の訴えと主観的なアンケート調査に頼るしかないのです」
■ 逃れられない「牢獄」
それでも多くの人にとって、自身の経験は強力な証拠だ。
米ニューメキシコ州ラスクルーセスで連邦職員として働く機械エンジニアのロバート・エドモンズさん(37)は、2回目のワクチン接種後に耳鳴りが始まり、ピックアップトラックを運転中の音より大きく聞こえたと語る。現在はアセタゾラミド(緑内障の治療薬で、耳鳴りなどの症状に適応外使用されることもある)を服用しているおかげで、大音量のラジオでかき消せる程度には抑えられているという。
「耳鳴りから逃れることはできません」とエドモンズさんは言う。「まるで頭の中にある牢獄です。逃れられないし、ヘッドフォンで消すことも出来ません。とにかくずっとそこにあるのです」
エドモンズさんは2年にわたり、さらなる調査の必要性を訴える活動を続けてきた。耳鳴りに苦しむ約1000人が参加するソーシャルメディアのグループも管理している。米食品医薬品局(FDA)やCDCのワクチン安全部門と定期的に連絡をとり、医学的な研究にも細かく目を通している。
「どうにかして誰かに詳しい調査をしてもらいたいのです」とエドモンズさんは言う。
耳鳴りは、視覚や嗅覚、味覚の症状よりも、日常の機能にはるかに大きな影響を及ぼすことが、約15万人の新型コロナ後遺症患者を対象とした研究で示されている。だが、たとえこうした研究があっても、耳鳴りがいかに破壊的な症状かを伝えるのは難しいとエドモンズさんは言う。エドモンズさんは、深刻な耳鳴りの影響が原因で自殺した人を2人知っているという。ひとりはワクチン接種、もうひとりは新型コロナ感染の後だった。
バージニア州ハンプトンローズに住むキャスリーン・デザーモさん(46)は、ワクチンを接種できることを喜んでいた。父親を新型コロナ感染で亡くしたこともあり、感染拡大を抑えるために自分も役に立ちたいと思っていたからだ。2021年3月、1回目の接種の15分後、デザーモさんは何度かひどいめまいを感じた。それから断続的な耳鳴りが2週間続き、やがてさらに大きく、常に聞こえるようになっていった。
ポーランド氏(67)は、新型コロナの感染はまだ大きなリスクだと考え、2回目の接種で耳鳴りがするようになったにもかかわらず、3回目の接種を受けることにした。当初、耳鳴りは小さくなったものの、やがてさらに高い音で聞こえるようになった。その夜、屋外で座って星を見つめながら、「もう二度と静かな世界は戻ってこないのだと気づいて、涙がこぼれました」と氏は振り返る。「耳鳴りは人に甚大な影響を及ぼします」
■ CDCはどう対応したのか
CDCは「ワクチン有害事象報告システム」(VAERS)を管理している。そこには、新型コロナワクチン接種後に耳鳴りを発症したとの報告が、2023年2月3日時点で1万6354件寄せられていた。そのうち約43%は接種から1日以内の発生だった。すでに知られていた副反応以外では、最も多く報告されている症状のひとつだ。
ただしVAERSは、特定の有害事象がワクチンによって引き起こされたものかどうかを示すことはできない。なぜなら、VAERSは受動的な監視システムであり、誰でも有害事象を報告することができるからだ。その報告も、不正確だったり、裏付けがなかったり、重複していたり、偶然に起きたことだったりする可能性がある。さらに、報告数から発生率(その有害事象が起こる頻度)を確定させることはできない。同じ症状が自然に発生する割合を考慮に入れることができないからだ。
CDCは、ある有害事象がワクチンの副反応である可能性を判断する際、VAERSのデータを分析する。「深刻な」有害事象をVAERSに報告した人については全員分の医療記録を取り寄せる。より詳細な分析が行われるのは、予想以上に高い発生率が認められた場合だけだ。
今回の例では、CDCは「ワクチン安全性データリンク」(VSD)にある660万人の医療記録から、新型コロナワクチンの接種後70日以内に発生した耳鳴りの診断を探したという。VSDは13の医療システムが有する医療記録のデータベースであり、特定の健康状態と特定のワクチンが統計的に関連しているかどうかを調べるために活用されている。
CDCは2022年9月、耳鳴りの診断がワクチン接種後に集中している証拠は見つからなかったと表明した。しかし、その分析結果は公表しておらず、ナショナル ジオグラフィックが提供を求めたが断られた。その後も新型コロナワクチン安全性チームを率いるトム・シマブクロ氏に取材を求めたが、2023年2月になって却下されている。
■ 研究データからわかること、わからないこと
新型コロナウイルスの感染が耳鳴りの原因になることは、多くの研究で示されている。スタンコビッチ氏の研究では、このウイルスが内耳にある特定の種類の細胞に感染する能力をもつことが示された。しかし、この発見は新型コロナ「ワクチン」と耳鳴りの関連を証明するものではない。
耳鳴りや難聴と新型コロナワクチンについての研究は、主に症例報告に基づいており、数が少なく、結論もまちまちだ。
唯一の大規模な研究は、2022年9月に医学誌「The Laryngoscope」に発表されている。この論文では、新型コロナワクチンの接種後に新たに発症した耳鳴りと、2019年にインフルエンザ、肺炎、ジフテリア・百日せき・破傷風三種混合のそれぞれのワクチンの接種後に新たに発症した耳鳴りとを比較している。
この研究では、新型コロナワクチンの1回目を接種した約260万人のうち約1000人が、接種後3週間以内に初めての耳鳴りを発症していたことがわかった。割合としては約2600人に1人だ。この割合は、他の3種のワクチンの接種後に比べると低いが、2回目の新型コロナワクチン接種後に比べると高い。
その理由について論文の著者らは、「ワクチン関連の耳鳴りを発症しやすい素質をもつ患者は、2回目よりも1回目の接種後の方が耳鳴りになりやすい状態にあるか、あるいは耳鳴りのきっかけとなりやすい炎症反応を1回目の接種が引き起こす」からではないかと推測している。
ただし、この研究は新型コロナワクチンと耳鳴りとの因果関係を示したわけではなく、一般人口における耳鳴りの発生率と比較した調整もしていない。著者らはまた、ワクチン接種後に耳鳴りが発生するリスクは「感染後よりも低いだろう」と指摘している。
生命科学データ企業オラクル・ヘルスサイエンスの研究者らは、2021年9月までのVAERSのデータを分析し、2022年6月に医学誌「Drug Safety」に発表した。著者には現役および過去のFDA職員も含まれている。この研究は「mRNAワクチンと耳鳴りを結びつける強力な統計的証拠があることを示唆しています」と、筆頭著者のレイブ・ハーパス氏は述べている。一方で、VAERSのデータは因果関係を示すことができない。ナショジオはこの結果について、2022年9月29日にCDCにコメントを求めたが、シマブクロ氏からは、CDCの外で行われた研究についてはコメントできないという回答があった。
WHOの報告書では、2021年11月までに、耳鳴りの症例報告が86カ国から3万1644件あったと明らかにしている。これは、耳鳴りの自然発生率から予想される数(8549件)の3倍以上にあたる。ポーランド氏によれば、自然発生率よりも高い割合で見られるかどうかは、その有害事象がワクチンによって直接的に引き起こされているのかどうかを判断する際の基準のひとつだという。
J&J社製ワクチンの臨床試験(治験)で4万3776人を対象とした安全性分析では、ワクチン接種後4週間以内に耳鳴りを発症した例が、ワクチン群で9人、プラセボ(偽薬)群では0人だった。ただし、この違いについて統計的有意差の計算は行われていない。この結果は2022年3月に医学誌「The New England Journal of Medicine」に発表された。
しかし、たとえ計算されていたとしても、この違いは統計的な異常だった可能性があるとオフィット氏は指摘する。氏によれば、メルク社のロタウイルスワクチンの治験では、血管に炎症を起こす川崎病がワクチン群で5例発生し、プラセボ群では発生しなかった。ところが、より多くの子どもたちがワクチンを接種すると、こうした差はどこかへ消えてしまった。
実のところ、この同じ治験では、プラセボ群で腕と脚の骨折が5例発生し、ワクチン群では1例も発生しなかった。当然ながら、ワクチンに骨折を予防する効果があったわけではない。「こうした初期の観察結果は、うのみにせず、もっと多くの例が見つかるまで様子を見る必要があります」とオフィット氏は言う。
ファイザー社の広報担当は、耳鳴りの症例について検討した結果、自社のワクチンとの因果関係は見つからなかったと述べている。モデルナ社、ノババックス社、アストラゼネカ社からは、記事の公開までに回答が得られなかった。
■ さらなる調査を求める研究者たち
ポーランド氏は、自身の場合も含め、耳鳴りの症例の深刻さに衝撃を受けている。氏をはじめ、世界中の多くの人たちにとって、耳鳴りは「世界を変えてしまった、決して終わることのない結果」となった。だからこそ、CDCがより徹底した調査を計画していないことに、氏はいらだちを覚えている。「CDCは心筋炎のときと同じように、この件についても深く掘り下げる必要があります。人々が苦しんでいるのですから」
元CDCの科学者でVSDの開発に携わったロバート・チェン氏は「ブライトン・コラボレーション」を設立した。これはワクチンによる有害事象の標準的な定義の制定などを目的とする科学者グループだ。同団体は2022年11月初旬、耳鳴りを注視すべき有害事象リストに加えている。
米アリゾナ大学の神経科学准教授で、動物モデルで神経炎症と耳鳴りを研究しているシャオウェン・バオ氏は、新型コロナワクチン接種後に耳鳴りを発症したと訴える400人のデータを分析している。未発表の氏の研究では、あるパターンが見られており、ワクチン接種と耳鳴りに因果関係がある可能性を示唆するものだと氏は考えている。バオ氏の研究は対照群を用いておらず、サンプルも無作為ではないが、氏の見解では関連性は十分に強力であり、CDCは耳鳴りについてより詳しく調査すべきだという。
ポーランド氏はこのデータについて、関連性を示す手がかりであり、さらなる研究を行うに値すると見ている。
どのワクチンにも副反応のリスクがあり、公衆衛生の観点でいえば接種する利点はリスクをはるかに上回っているとポーランド氏は強調する。しかし、起こりうる有害事象について、一般市民に十分に情報が与えられることは重要だ。「自分が感染するかどうか、合併症が起きるかどうか、ワクチンの副反応が起きるかどうかを、人は選べません」と氏は言う。できることは、リスクと利益のバランスを見ることと、恐怖に基づいた決断をしないことだ。
「これはCDCが調査すべき重大な仮説であると、私たちは主張していく必要があります」とポーランド氏は言う。氏のところには世界中の人々から、新型コロナワクチンの接種後に発生した耳鳴りがあまりにひどく、自らの命を絶つことも考えたというメッセージが届いている。「耳鳴りは、それほどまでに生活の質を大きく変えてしまうのです」