なぜカネロのLヘビー級挑戦は失敗したのか
✍️記事要約
プロボクシングのWBA世界ライトヘビー級タイトルマッチが7日(日本時間8日)、米国ラスベガスのT-モバイル・アリーナで行われ、挑戦者のスーパーミドル級4団体統一王者、サウル“カネロ”アルバレス(31、メキシコ)が王者のドミトリー・ビボル(31、ロシア)に0-3判定で敗れる波乱があった。1階級上への挑戦ながらカネロが有利と予想されていたが、ビボルの強固なディフェンスを崩せず、体力差を見せつけられて手数でも劣り見せ場を作れないまま、2013年9月にフロイド・メイウェザー・ジュニア(米国)に判定負けして以来のキャリア2敗目を喫した。当初、村田諒太(帝拳)を9回TKOで破ったWBA、IBF世界ミドル級統一王者のゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)と9月17日のメキシコの独立記念日の翌日に3度目の対戦が予定されていたが、この敗戦により消滅。再戦条項があるため、その9月にビボルとの再戦が濃厚となった。ビボルは9度目の防衛に成功、20戦(11KO)無敗のキャリアを守った。
「パンチを振り過ぎるというミステイクを犯した」
12ラウンド終了のゴングを聞くとビボルは右手を突き上げて、カネロはコーナーに駆け上って勝利をアピ―ルした。だが、両陣営の姿が、この試合の結果を如実に表していた。ビボル陣営は、まるでお祭り騒ぎ。一方のカネロ陣営では誰一人笑っているスタッフはいなかった。ジャッジ3人は115-113の同スコアでビボルを支持した。
入場は挑戦者なのにカネロが後。ビボルは国歌も流されず、カネロのために舞台設定されたタイトル戦が、まさかの”番狂わせ”。ウクライナへ軍事侵攻した“反ロシア“の世論も手伝ってか”スーパースター”カネロの偉業達成を期待していた場内は異様なムードに包まれた。
たどたどしい英語でビボルが勝利者インタビューに答えた。
「おれがベストだ。自分を信じてチームを信じて戦った。カネロはパワーもスピードもあった。でも、この腕を見て欲しい。かなり打たれたけど、彼はパンチを振り過ぎるというミステイクを犯したのだ」
その右腕の肩あたりには痣ができていた。
対するカネロもリング上では素直に敗戦を認めた。
「強いチャンピオンだ。言い訳はしない。ハプニングが起きるのがボクシングだ。体重差を感じた。いい距離感で戦われた」
珍しいことにラウンドごとのスコアも3者がまったく同じで1から4ラウンドの序盤がカネロ、5から8ラウンドの中盤がビボル。9ラウンドだけをカネロが取り返し10から12ラウンドの終盤がビボルというスコアの内訳。まさにそのスコアカード通りの試合展開となった。
カネロのパワーとスピードが通用しない。
序盤からガードを固めて前へ出たカネロは、右ストレート、角度を変えた右フック、左ボディから、懐にもぐりこんでの右アッパーと、一発一発、力をこめたパンチを繰り出すがビボルの固いディフェンスを崩すことができない。肩や肘にまでパンチを打ち込み、それだけで骨折させたことさえある強烈なパワーパンチだけでなくガードをすり抜けたアッパーやフックもあったが、1階級上でサイズ感の違うビボルはびくともしなかった。
5ラウンドに入りビボルがステップワークを使いだすと形勢が逆転。カネロにロープを背負わせて連打。「来い!来い!」とカネロが挑発したが、これほど受け身に回る4団体統一王者の姿は珍しい。
ジャブから、ワンツースリーフォーまでつなげるビボルのコンビネーションブローと手数にカネロが圧倒されはじめた。7ラウンドにはカネロの打ち終わりにビボルがカウンターを合わせて激しい打ち合いに。思わずカネロが苦笑いを浮かべるほど。8ラウンドには押されてカネロがヒザからキャンバスに崩れ落ちてスリップダウンにもかかわらず場内は悲鳴に包まれた。
9ラウンドに入ってカネロは反撃に転じるが、強打の打ち疲れか、ややパワーとスピードに陰りが見えはじめた。ビボルは、そこを見切ったのだろう。11ラウンドには、頭をつけて接近戦を挑む。
イライラが募ったのか。カネロは左肩でビボルを持ち上げる“プロレス技“で応戦する始末。どちらもダウンにつながるような決定的なクリーンヒットはなかったが、米の専門機関のカウントによるとトータルのパンチ数でもカネロが495発(ボディが43)を放ち、有効打が84、ビボルが710発(ボディが15)を放ち、有効打が152と王者が大きく上回った。
試合後の会見では、カネロは一転して「俺は勝ったと思う」とジャッジに不満を訴えた。
「4から5ラウンドは取られたのかもしれないが、絶対に負けていない。最終ラウンドで少し疲れはあったが、ジャッジは取るべきでないパンチを取ることがよくある。俺が相手のパンチをブロックしていても当たっていると判断されたりね。ただライトヘビー級の体重差の問題で100%の力が出せなかった」
カネロは2019年11月にも1階級上のWBO世界ライトヘビー級王者のセルゲイ・コバレフ(ロシア)に挑戦して11ラウンドKO勝利した経験があるが、今回はビボルとの体格差は歴然だった。加えて、その高いディフェンス力と、下がらず連打で応戦してくるビボルのメンタルと戦略に対して、カネロの攻撃はワンパターンで、壁を乗り越えることができなかった。
米専門メディア「ボクシング・シーン」によると、カネロに唯一黒星をつけたメイウェザーも、”階級差の壁”が立ちはだかることを予想していたようで、この試合では、ビボルに1万ドル(約130万円)を賭けて4万2500ドル(約556万円)を儲けたそうである。
それでもスポーツ専門局のESPNが「恥ずべき戦いではない」と評するなど1階級上の王者に挑んだカネロのファイトに厳しい論調はなかった。
さて気になるのがカネロの今後だ。当初は、日本で村田を9回TKOに葬ったゴロフキンと9月17日にスーパーミドル級で3度目対決を行うプランを立てていたが、方向修正を余儀なくされた。
試合後、ビボルは「申し訳ないが、ゴロフキンと対戦するプランはたぶんなくなるだろう」と、自らの勝利で予定されていたゴロフキンとの3度目対決がご破算になりそうなことを皮肉った、
実は両者には再戦条項があり、リング上でアナウンサーに「リマッチしたいか?」と問われたカネロは「再戦したい。これで終わらせたくない」と即答。
アナウンサーがビボルにも意見を求めると、「再戦に問題はない」と答えた。
試合後の公式会見でもカネロは「再戦については後で試合を振り返ってどうするかを考えたい。でも、これでは終わらない。強くなって戻ってくる」と語り、ビボルは、「夢は統一王者。再戦するなら、それに見合うもの(ファイトマネー)がいる」と強気に出た。
複数の米メディアもゴロフキン戦は消滅し、ビボルとの再戦が最有力と見ている。
ESPNは「次の挑戦はビボルとの再戦となりそうだ。31歳のアルバレスは再戦条項を行使する計画にあるが、マネジャーでトレーナーのエディー・レイノソ氏やハーン氏と話し合うことになると明かした」と分析。
「メキシコ人ボクサー(のカネロ)は9月17日に168ポンド(スーパーミドル級)でゴロフキンと3度目の対戦を予定していたが、この戦いはもし実現することになるとしても待たされることになる見込みだ」と記した。
カネロのプロモーターであるハーン氏の「ビボルとの再戦が今はボクシング界で最大の試合でゴロフキンとの3度目の試合を上回る」とのコメントを引用。
「現時点では、アルバレスが(ビボルとの)形勢を逆転する修正ができるのかどうか難しいが、もしかしたらこの見込みの薄さが、彼を新たな高みへ、さらに快適な位置からはるか外へと押し上げることになるかもしれない」と指摘した。
またワシントンポスト紙も「土曜日の番狂わせを受けて、ビボルと戦うために階級を上げたスーパーミドル級王者のアルバレスは、9月にゴロフキンとの3度目の対戦の代わりに(ビボルとの)再戦するための権利を行使するだろう」という見解を示した。
だが、一方でゴロフキンとの3度目の対戦に向かうとの見方もある。
英ミラ―紙は、ゴロフキンが試合後にツイッターに投稿した「ドミトリー・ビボル、勝利おめでとう!素晴らしかった。このまま続けていくんだ!」という”つぶやき”を紹介した上で、こう予測した。
「アルバレスは、この数週間以内に彼の計画を最終決定するだろう。彼は階級を上げることに苦労したことを認めておりアルバレスはゴロフキン相手に168ポンド級(スーパーミドル級)に戻って統一王座を防衛することを選択するかもしれない」
今回の敗戦で、カネロはリング誌が格付けしているパウンド・フォー・パウンドの1位の座から陥落するのかもしれない。だが、ビジネスの側面も含めて、ボクシング界が、カネロを中心に回っていくことだけは間違いないだろう。
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☘️ヤフコメ❗️ピックアップ☘️
アマチュアでの実績経験が相当あると聞きました。
終始、落ち着いた試合運びで感じの良い、ボクサーの
お手本のようでした。
スタミナも終盤まで途切れていない感じでした。
カネロは自分のボクシングをさせて貰えない感じでした。
再選してもカネロはちょっと無理なんではないかな?という
くらいのビボル圧勝の試合でした。
カネロは試合後に自分が勝っていたとの記事内容ですが
本当にそうならカネロの慢心ですね。
✅ なぜ失敗したのかよりもビボルの強さとメンタルを誉めるべきだと思う。ウクライナ侵攻中のロシア、どこに行ってもロシア人は嫌われ者。そんな中でもメンタル面を維持し、見事にPFP1位のカネロを下したのは思っている以上に凄いことだと思う。
✅ 旧ソ連崩壊後に、ソ連のアマチュア・エリートボクサー所謂「ステート・アマ」達が西側のボクシング界を席巻していた時期があったが、ビボルもその「ステート・アマ」の系譜。
「ステート・アマ」の特徴は端的に言えば「技術原理主義」、プロの存在しなかった共産主義圏でのボクシングは、試合が面白いとかつまらないとかいった「ショー的要素」を排され純粋な「技巧の競い合い」、ある意味昔の日本や中国の「武術」に近い存在で、穴の無い教科書的な技術を完徹する様なボクシング・スタイルは、アグレッシブを旨とする南米系のボクサーにとってはある意味相性最悪な「鬼門」だった。分かりやすい具体例で言うと、同じく共産主義キューバ出身の超絶技巧・塩ボクサー「リゴンドー」、あれが完全肯定されるのがステートアマの世界。
今回のカネロvsビボルは、かつての「ステートアマvs南米系」の構図が再現した様な内容だった。