中学日本一の選手はなぜ消えていくのか
✍️記事要約
恵まれた体格と才能を生かし、「日本一」を目指してスポーツに励む小中学生は多い。だが、親やコーチによる行き過ぎた勝利至上主義によってつぶれてしまう悲劇も起きている。スポーツライターの酒井政人さんは「例えば陸上では、全国中学駅伝(全6区間)で優勝したチームの選手計118人を調べると、その後大学で箱根駅伝に到達したのは8人のみ。五輪や世界選手権の代表になった選手もいない」という――。
■為末大氏も支持「行き過ぎた勝利至上主義NO」
全日本柔道連盟(以下、全柔連)が例年夏に開催している全国小学生学年別大会を廃止すると発表(1月の理事会で報告され、3月14日付で都道府県連盟宛てに廃止を通知)して、スポーツ界が揺れている。
全柔連は公式サイトで大会廃止の理由を、「小学生の大会において行き過ぎた勝利至上主義が散見される。心身の発達途上にある小学生が勝利至上主義に陥ることは、好ましくない」と説明しているが、皆さんはどう感じるだろうか。
一部で批判的な意見が出ているが、世界陸上の男子400mハードルで2度のメダルを獲得している為末大氏は全柔連の新方針を全面支持している。自身のnoteに「(柔道に限らず)若年層の全国大会が成人になってからの競技力向上に役に立っているかというとマイナス面の方が多いと考えられます」「親と指導者が選手の才能に興奮して舞い上がっている場合、その選手の才能が潰れる可能性が高くなります」などの理由を挙げると、「全国大会の廃止は素晴らしいことだと私は考えます。ぜひ他競技でも追随してほしいです」と結んでいる。
筆者は為末氏がこういう意見をいうことに大きな意義があると思っている。なぜなら為末氏はかつて“早熟の天才”と呼ばれるようなスプリンターだったからだ。
中学3年時(93年)に全中で100mと200mの2冠を達成。秋には200mで21秒36の中学記録(※現在も中学歴代2位)を叩き出した。高校3年時(96年)は400mをメイン種目にしてインターハイで優勝。46秒27の高校記録を打ち立てた(※現在も高校歴代3位)。一方、高校時代は100mと200mでさほどタイムを伸ばすことができなかった。
そして高校3年の秋から取り組んだ400mハードルが最終的なメイン種目となり、2001年に47秒89の日本記録を樹立。世界大会でも活躍した。もし為末氏が100m・200mにこだわっていたら、シニア期で日本トップクラスの結果を残すのは難しかっただろう。
■若年層のスポーツはやったもん勝ち
為末氏のように中学時代で日本一に上りつめると、その後の競技に影響が出やすい。これが“チームスポーツ”になると、さらに深刻な状況になっている。
例えば、駅伝だ。日本の陸上界は大きくわけると、中学、高校、大学、実業団という4つのステージがあり、いずれも駅伝の全国大会がある。なかでも最も注目を浴びているのが箱根駅伝だ。そのため中高生ランナーは「箱根駅伝」が大きな目標になることが多い。子どもたちの親も当然、箱根駅伝での活躍を期待している。
では、全国中学駅伝(全6区間)の優勝を経験した選手の実情はどうなのか。今春、大学を卒業した世代に当たる2014年までの20年間を調査すると、優勝経験者は合計118人(※うち連覇を経験した選手が2人)。そのうち箱根駅伝に到達したのは8人しかいないのだ。残念ながらオリンピックや世界選手権の代表になった選手はいない。
中学で頂点を極めたはずの選手たちはどこかに消えてしまったのだ。なぜこのような現象が起こるのか。極端なことをいえば、若年層のスポーツは「やったもん勝ち」だからだ。
「やったもん勝ち」とは先に行動を起こした人が得をする(勝つ)という意味になる。わかりやすくいえば、中学生が高校レベルの練習をすれば、中学で勝つことができる。だが、それは才能を“前借り”するような行為だ。
筆者は中学、高校、大学、実業団とさまざまなカテゴリーのチームを取材してきた。結果を残してきたコーチたちは例外なく指導に“熱心”だ。しかし、将来性にプライオリティを置いて指導している者はほとんどいない。それぞれの舞台で選手たちは結果を求めており、所属チーム(学校)からも期待をかけられているからだ。
いいタイム、いい成績を残す。それぞれの目標に向かって努力するのは間違っていない。だが果たして、これでいいのだろうか。取材しながら、心のどこかでそんな思いを抱くのも確かだ。中学・高校をメインにする陸上クラブで指導するコーチがこんなことを話していたのを思い出した。
「クラブに通う子どもの親御さんは、『将来、箱根駅伝を走らせたい』という気持ちが強く、そのためには中学でも結果を出さなきゃいけないと思っているようです。だからといって、中学、高校で無茶な練習をさせるわけにはいきません。それは子どもたちの才能を指導者が食いつぶしてしまうことになるからです。指導者が良くないというより、システムと評価の仕方が悪いと感じますね。全国大会で好成績を収めると、メディアが評価します。その指導者は地域でカリスマ扱いされることもある。指導者のエゴで、どれだけの子どもたちが犠牲になっているのか知ってほしいころです」
コーチから「犠牲」という言葉が出るほど、若年層の子どもたちは大人の“ターゲット”になりやすい。
■若年層の全国大会に向けて無理な練習をさせる指導者
中学の場合、私立で駅伝を強化している学校はほとんどない。稀に近隣の強い中学に越境入学する選手もいるが、ほとんどの選手は住んでいる地域の学校に通うことになる。そのメンバーで都道府県予選を勝ち抜き、全国大会で好成績を残すには、ハイレベルの練習を選手たちに課すしかないのだ。
「中学駅伝はかなりネックだと思いますよ。その時期に無理をさせちゃうと、適切なトレーニングにならないですし、走るのを嫌いになっちゃう。チームで1~2番の子はまだいいんです。3~6番手ぐらいの子がレベル以上の練習をガンガンやることになる。その影響が高校や大学で出てくるんです」(前出コーチ)
スポーツは各年代によって強化すべきポイントが異なる。6~11歳は神経系、12~14歳は呼吸・循環系と持久力、15~18歳は筋力や瞬発力の向上が顕著な時期だ。本来なら将来を見据えて、それぞれのステージでやるべきトレーニングがあるはずだが、日本は一貫したスポーツ指導を受けるのが難しい。しかも、若年層の全国大会があることで、無理な練習をさせる指導者が出てくるのだ。
加えて、先生やコーチが怖いので、「怒られないためにやっている」という選手もいる。ある大学の監督は「名門校出身の選手ほど監督の顔色をうかがっているんです」と教えてくれた。かつて全中王者に輝いたあるアスリートは、「高校で伸び悩む原因として、中学時代の実績から重圧を感じている部分もあると思います」と話しており、メンタル面でも影響があるようだ。
■スポーツバカ親にならないためにすべきこと
中学、高校の指導者はそれぞれのステージで結果を求められる。それは現状のシステムでは仕方ないことだろう。では、どうすれば子どもが犠牲にならずに済むのか。親がしっかりと導くしかない。
親はジュニア期の結果(順位や試合の勝ち負け)に一喜一憂しない方がいい。意識すべきは他者との比較ではなく、子どもの成長を評価することだ。できないことができるようになれば、それは成長になる。褒めることで、子どもはうれしくなり、さらにモチベーションを高めていく。
そうなれば自分で考えるようになる。どうやったらうまくなるのか。速くなるためにはどうしたらいいのか。自分で考えて、競技に取り組むことで、それが将来につながっていくのだ。
他にも親が気をつけるべきことがある。それは食事(栄養)と未来を見据えての計画性だ。いくら一生懸命に練習をしても、食事内容が不十分だと、リカバリーがうまくいかず、疲労骨折など故障を引き起こすリスクが高くなる。給食以外の食事は基本、家庭で賄うことになる。子どもたちの身体を考えて、栄養バランスを考えた食事を提供したい。
それから計画性だ。まずは子どもと将来の夢を共有して、各世代の強化ポイントをしっかりと説明しよう。子どもとコミュニケーションをとって、学校でどんなトレーニングをしているのかも把握しておきたい。各世代の成長セオリーを明らかに無視するような指導者がいたら、自分で“調整”するように促す必要があるだろう。とにかく先を見つめて、子どもたちが一番高いステージで輝けるようにしっかりとナビゲートしていきたい。
自分が果たせなかった夢を子どもに押し付ける親もいるが、子どもは親の代替アスリートではない。子どもがスポーツで“正しく成長”していくには、親の“プロデュース力”がポイントになってくる。
運動部で頑張ったとしても、99.9%の人がスポーツを職業にすることはできないし、どんなに優秀なアスリートでもどこかで引退を迎えることになる。ひとりの人間として、ビジネスパーソンとして、スポーツで培った“経験”を生かせるようにしていくことが最も重要だ。そのためにも「自分で考える」ことがスポーツで一番大切になるのではないだろうか。