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「反ワクチン派」がなお強硬になる根深い理由[2022.8.10]

「反ワクチン派」がなお強硬になる根深い理由

【記事詳細】東洋経済オンライン

✍️記事要約

✅ 「反ワクチン派」がなお強硬になる根深い理由
意見の異なる人を穏便に説得する簡単な方法

「多様性の時代」と言われて久しいが、同時にそれは自分と異なる価値観や考え方を持つ人と接する機会が多くなるということ。人は自分と異なるタイプを見ると、反感や嫌悪感を持ちがちだが、何もせずに放置していると、分断が加速してしまう。
自分と異なる価値観や考え方を持つ人とどう接していけば、うまく共生できるようになるのか。全米でベストセラーになった『マッピング思考』の著者ジュリア・ガレフは、そのヒントとして「アイデンティティを軽く保つ」ことを挙げた。

■ 価値観の違いが激しい論争を引き起こす

「政治や宗教の話をすべきではない」というのは、古くからよく知られている社交上のエチケットである。というのも、政治的・宗教的な見解は、その人のアイデンティティの一部であることが多いからだ。

自分のアイデンティティの一部になっている考えを批判されたら、当然、相手に反感を覚える。それは、家族を侮辱されたり、母国の国旗を踏みつけられたりするようなものだ。

自分のアイデンティティを形成する考えにおいて意見が合わないと、敵とみなすこともある。「ああ、君はあちら側の人間なんだね」と。ただし、自分のアイデンティティの一部になりうる思想は他にもある。政治や宗教は、その一例にすぎない。

「育児は母乳か粉ミルクか」「どのプログラミング言語を選ぶか」「資本主義に対する考え方はどうか」……ほぼ無限だ。これらは、政治的、宗教的な価値観の違いと同じように、激しい論争を引き起こすことがある。

インスタグラムのプロフィールの1行目に「ビーガン〔動物由来の食材を口にしない厳格な菜食主義者〕が世界を変える」と書き、ビーガンのイベントによく参加し、まわりの友だちも同じビーガン――。

こういったケースは明らかにビーガンを自分のアイデンティティにしているが、数が多いのは、もう少し境界線がゆるやかな人たちだ。「私は○○です」というほどの主張をするわけでもなく、特定の集団に所属しているわけではなくても、その人がアイデンティティの一部と見なしている考えはある。

■専門家の意見はどこまで正しいのか

次の8つが、自分の思考がアイデンティティ化しているサインである。

サイン1「私は○○だと信じている」と言う
サイン2 批判されるとムッとする
サイン3 挑発的な言葉を使う
サイン4「絶対に私が正しい」という口調で話す
サイン5「イデオロギーの門番」のような視点を持つ
サイン6 他人の不幸を喜ぶ
サイン7 相手側に対し蔑称を使う
サイン8 自己弁護をする

思考をアイデンティティの一部にするのが問題なのは、クリアに思考する力が損なわれてしまうからだ。ある思考を自分と同一視すると、その正しさを守らなければならないと感じ、それを裏づける証拠を集めたがるようになる。

自分や自分が所属する集団の意見を攻撃しているように感じられる議論を、反射的に拒絶するようにする。ある考えに同意するのと、それを自分のアイデンティティの一部と見なすのは同じではない。

ジャーナリストとして働くアダムは、以前、ワクチン懐疑論者を軽蔑していた。

「僕は、懐疑論者のワクチンについての考えが間違っていると思っていただけではなく、自分は彼らよりも分別があり、知的だと信じていた。(中略)ワクチンに対する疑問を誰かが口にしたときは、いつも『やれやれ』といった感じであきれていた」

アダムの態度が変わりはじめたのは、のちに妻となるシングルマザーの女性と知り合ってからだ。彼女は、自分の子どもにワクチン接種をさせることをかたくなに拒んでいた。

彼女が尊敬できる、知的で思いやりのある人間だということがよくわかっていたアダムは、「なぜ彼女のような人がワクチンに懐疑的になるのだろう?」と考えるようになった。

まず、ワクチンに関する専門家の意見に懐疑的な人がいても、それはおかしくないということ。鉛塗料、タバコ、しゃ血など、専門家が一般市民に向けて安全だと伝えていたことが、のちに害をもたらすと判明した前例は少なくない。専門家が「ワクチンは絶対に安全です」と自信たっぷりに言っても、疑心暗鬼になってしまう人がいるのは無理もない。

■不備を認めると、相手が歩み寄りやすい

アダムの妻にも、医師を信用できない個人的な理由があった。10代のころに飲んでいた薬で、ひどく気分が悪くなったことがある。「脳に悪影響が生じるのではないか?」と悩んで病院に行ったが、医師はとりあってくれなかった。

いったんワクチンや医療を疑う気持ちが芽生えれば、その疑念を裏づける証拠は簡単に見つかる。現代医学に否定的な代替医療の団体や組織は無数にあり、「予防接種を受けた子どもが自閉症になった」といった情報を大量に発信している。

アダムの妻の姉も、このような代替医療の業界に属していた。「自然療法家」を自称する彼女はワクチンを徹底的に研究した結果、「有害である」という確信を抱いており、アダムの妻にも影響をもたらしていた。

■「ワクチン反対派の立場は理解できる」

そう思ったアダムは、見下した態度をとらずに妻と話し合う機会を待った。その機会は2015年の夏、「パンデムリックス」というワクチンが子どもに発作性睡眠(ナルコレプシー)を誘発するという事実が明らかにされたときに訪れた。医学界や主要メディアは反ワクチン主義者が勢いづくことを恐れ、この事実をなかなか認めようとしなかったが、医療業界はほどなくしてこの問題を認め、しかるべき対策がなされた。

アダムは、このときこそ「自分が歩み寄るいいチャンス」になると考えた。

「パンデムリックスのような問題を経験したことで、僕は妻に、医学は判断を誤ることもあるし、メディアがそれに加担することもあるということを、誠実な態度で認められるようになった」

自分の側の不備を認めることは相手側に対して、「私はガンコな狂信者ではなく、あなたが耳を傾ける価値のある人間です」と示すのに大いに役立つ。

アダムは妻と、誠実で穏やかな雰囲気のなかでワクチンについて何度か話し合った。そうしたのちに、妻はみずからの意思で娘にワクチンを接種させることを決めた。

■協力か強硬かはケースバイケースにする

本当に効果がある行動を取るためには、アイデンティティを軽く保つことで、冷静に最善策を考え、目標達成に向かって懸命に取り組まなければならない。そのうえで協力的な手法でいくか、強硬的な手法が効果的なのかを、ケースバイケースで見極めるべきだ。

この見極めは、アイデンティティを軽く保っているからこそ可能になる。単に親切心や礼儀正しさといったことではない。自分自身がものごとを柔軟にとらえ、自分の枠に縛られず、自由な視点で真実を追い求めるための方法なのだ。

大切なのは、アイデンティティによって思考や価値観が支配されないようにすることだ。そう考えるようになると、いろいろな人の主張を受け入れやすくなるだけでなく、細かな点で自分の考えを改めやすくなる。

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