10万円の再給付 あり得るか
新型コロナウイルスが感染拡大する中、1都3県を中心に2度目の緊急事態宣言が発出された。感染対策と社会経済を両立する上で、どのような対策が必要なのか。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会、基本的対処方針等諮問委員会のメンバーで、行動経済学が専門の大阪大学教授・大竹文雄さんに話を聞いた。 【動画】「これ以上感染が続くと…」尾身会長のメッセージ【全文】
ダメージを抑える鍵は「再分配」
大阪大学教授・大竹文雄さん
ーー様々な制約がある中で、経済的なダメージを小さくするための対策にはどのようなものがあると考えていますか?
再分配制度をどうするのか、というのが1つのポイント。春の緊急事態宣言下で決定した一律10万円の「定額給付金」も再分配のひとつのやり方です。 ダメージを大きく受けていない人にも分配されますので非効率ではありますが、所得をもとに納める税金の金額は変化しますので再分配効果はあります。 ですが、本来は税の仕組みの中に「給付付き税額控除」のような仕組みを組み込んでしまうことが理想的でしょう。 特別な手続きをせずとも、その人が被った損失に比例して給付が受けられる。所得が増えるごとに給付額が減り、一定以上の所得を得ている人にはむしろ税金を払ってもらうという仕組みです。 ただし、残念ながらこれは現在の税と社会保障の仕組みを踏まえると難しいと言わざるを得ません。 政策研究大学院大学の林文夫さんは、生活に困窮した場合、無担保で政府から借り入れをしてもらい、翌年の確定申告の際に損失を確定して、その一定割合を保険金として支払うという仕組みを提案しています。 これは収入が回復しない人にとっては補助金となり、収入が回復した人にとっては借り入れとなる仕組みです。
ーー現在、政府が提供する緊急小口資金や総合支援資金は返済開始まで1年の猶予があり、一定の所得以下であれば返済も免除されます。まさに、そのような形でしょうか。
基本的な仕組みは似ていると思います。もう少し税制の仕組みが工夫されていると、よりわかりやすく、利用しやすくなると思います。 別の再分配の仕組みとしては休業要請や時間短縮営業の要請に応じてもらえる店舗への「協力金」があります。 今回、緊急事態宣言が発出された1都3県では、1日6万円の協力金が支払われます。合わせて、政府は要請に応じない店舗名を公表する方針です。また、特措法の改正の論点には要請に応じない店舗への罰則を設けることも検討されてます。 店舗側の心情としては全く違うと思いますが、経済学的な視点から見ると、罰則を科すのか、協力金を支払うのか、この2つの取り組みの目的は同じです。時短に協力してもらいたい。 行政側の財政的な負担を考えれば、当然罰則を課す方が軽くなる。 しかし、協力する店舗の側で考えると、罰則を科すやり方では、経営の苦しい店舗がより辛い状況に陥ることが予想されます。罰則を科されたとしても、収益が上がっている事業者は要請に応じないことも考えられるためです。所得分配の問題です。
同時に営業の自由の権利をどう捉えるかという観点もあり、慎重な検討が必要です。 自分の利益だけを考えていると、感染を拡大させてしまうという経済学でいう負の外部性が発生しています。この場合、営業の自由を優先すれば、休業してもらうために休業手当を支払うべきということになります。 一方、感染拡大という負の外部性を伴う行為をすることはそもそも営業の自由に含まれないということであれば、休業しないことに対する罰則で対応すべきということになります。 もう一つ厄介なのは、このような負の外部性が最初から想定されていたかどうか、ということもあります。感染が拡大すると休業を求められることがあることを政府も飲食店側も想定していたか、という点。予見可能であったかどうかということです。 理想的な形を目指すのであれば、1店舗1日あたりいくらとするのではなく、その店が被る損失に応じて支援額も変動すべきです。
再びの定額給付金はあり得るか?
ーー春の定額給付金は当初、全世帯ではなく、経済的打撃の大きい世帯へ30万円給付することが検討されていました。全世帯に10万円と一部の世帯に30万円では、経済学的にはどちらの方が目的に沿ったものになったと考えますか?
もちろん所得が下がった人に対して、より多く給付するというのが最も効率的です。ですが、誰の所得がどれだけ下がったのかをすぐに把握する仕組みはありません。そのため、一律給付という形になったのは理解はできます。 ですが、一律給付するとなってからも様々な問題が明らかとなりました。全世帯を対象にするとしても、それなりの時間を要した。 ここでは、日本の税制と社会保障制度の仕組みがボトルネックとなりました。 危機に直面したことで、医療の仕組みも税制と社会保障制度の仕組みも、非効率であると現実を突きつけられた形ですね。 ーー今回、緊急事態宣言が発出された1都3県の住民に再び定額給付金を給付するよう求める声もあります。 再びの給付金はどうでしょう… 今回は春と比べてダメージが少なくなるよう的を絞った対策強化が行われます。また、我々は春から多くのことを学んで、感染リスクの高い場面もわかってます。こうした前提を踏まえると、一律で再び給付するというのは現実的ではないかもしれません。 もちろん飲食店だけでなく、さまざまな事業者に影響は及びますし、生活が苦しくなる方も増えてくるかもしれません。長期化する中で様々な声も聞こえてくるはずですから、必要な支援は行うべきだと思います。
「コロナ慣れ」した今、行動変容に必要なこと
ーー東京大学の研究では、緊急事態宣言よりも日々の感染者数などの「感染情報」が人々の行動変容へ最も効果を発揮したというデータが示されています。しかし、状況が変わる中で今回も同様に「感染情報」が効果を発揮するのでしょうか?
現在は昨年春よりも一人ひとりの感染する確率は高い状況です。しかし、20代から50代で持病もない場合、多くの人は重症化しないというリスクの認識が進みました。日々の感染者数が1000人を超えた、2000人を超えたといっても東京全体の人口を考えれば「大したことはない」と考えることもある意味自然です。 そのような中では、なかなか行動変容は起きません。 私が取り組んだ研究でも、あなた自身に被害が及びますと伝えるよりも、あなたの周囲の人に被害が及ぶと伝える方が、より多くの人の行動変容につながるということがわかっています。 あなたの周りの高齢者の健康が損なわれるかもしれない、あるいは医療が崩壊することで新型コロナ以外の疾患や怪我であっても亡くなる人が増えるかもしれない。 このようなメッセージは自分のことしか考えていないような人に対しても、一定の効果がある。 東京などでは少しずつ通常の医療が受けられなくなってきています。こうした医療崩壊の深刻さが伝わることで、徐々に効果が現れることを期待しています。
こうした行動変容を促す上では、どのような社会的なメッセージが発せられているかも重要です。 大阪や北海道は東京と同じ時期に感染が拡大していましたが、12月の段階では感染者数は以前に比べると下降傾向にありました。これは、夜の繁華街で早く帰宅するよう呼びかけていたことや、自衛隊に医療スタッフを派遣を要請し、医療崩壊の危機が広く伝わったことも関係していたと言われています。 今回、緊急事態宣言が発出されることで、東京はじめ首都圏でも同様の効果が見られる可能性は高いと思います。
ーー分科会はより効果的なメッセージの発信を政府に求めていますね。
専門家会議は状況の緊急性を踏まえ、市民に直接メッセージを呼びかけるという方法を選びました。しかし、その結果として政府に提言している立場の専門家が全てを決定しているという誤ったイメージも広がってしまいました。 そのような反省点を踏まえ、専門家分科会は政府に提言し、政府が市民へメッセージを伝えるという役割分担へと変わりました。しかし、政府は分科会の資料をそのまま使うことも多い。 どのようなメッセージであれば人々に伝わるのか、工夫が必要だと思います。 時期によっても、どのようなツールで発信するかによっても効果的なメッセージは変化します。本来は、政府も様々なテストを科学的に行い、その効果を検証しながら最も良いメッセージを出していくことが理想的ですね。 メッセージをどうすれば効果的に伝えられるのか…非常に難しい課題だと思います。切羽詰まった状況になる中で、最近は尾身先生が再びメッセージを発信するようになりました。 本来の役割分担を踏まえれば、もう少し政府に効果的な発信を期待したい。行動経済学が貢献できる部分もあると思いますが、今はそこの役割が宙ぶらりんな状態です。
「withコロナ」は可能か?
ーー今後についてはどのような見通しを立てていますか?
経済の専門家は感染症の専門家たちに事業者のためにも、ある程度長いスパンでの将来予測をしっかりと示すべきではないかと伝えてきました。 幅がある予測でも良い。とにかく、最悪のシナリオでは何が言えるのか。もう少し楽観的に見積もったシナリオでは何が言えるのか。 見通しが立てば心の準備ができます。楽観的に見積もってもこの程度かとわかれば、このままではダメだと判断を下すことができるかもしれません。 しかし、ワクチンの効果をどの程度見積もるか次第で予測は大きく変わります。感染症の専門家からは「予測を提示することは難しい」と言われてしまいました。 もちろん、「予想が外れた」と批判される可能性もあるので慎重になるのも理解できます。感染症の専門家の方々を責めるつもりはありません。 ただ、人々にもう少し見通しが示せればベストであろうとは今も思っています
ーー医療の仕組みに根本的な課題があるとするならば、そもそも「withコロナ」で感染対策と社会経済活動を両立させるということは可能なのでしょうか?
ここで感染を食い止めたとしても、社会経済活動が再開すれば、また感染は拡大します。 鍵を握るのは、ワクチンがどこまで効果を発揮するのかということでしょう。 希望的観測に基づけば、ワクチンが効果を発揮するから、それまでは経済への負荷をかけながらしのぐーーというのはひとつの合理的な選択肢です。 ただし、こうした取り組みを半永久的に続けなくてはいけないのだとしたら、それは経済への負荷があまりに大き過ぎます。 経済へのダメージを受け入れながら緊急事態宣言を出して感染者数を減らすというのは、あくまで一時的な対応です。 もしも、ワクチンに期待できないとなってしまったら…その時はやはり医療提供体制をかなり充実させるための対策が必要となります。 これからも現在のような感染状況になれば経済を止めなければいけないとなってしまうと、負荷が非常に大きくなってしまいますからね。 日本の社会を感染症に強い仕組みへ変えていく必要があるのだと思います。
★ヤフコメ!ピックアップ★
・米国では昨日、バイデン次期大統領が家計への直接支援を表明し、財政出動を200兆円規模で実施し、一人当たり14万円程度の給付をおこなう。
・米国では既に2回の直接的な家計支援を行っている。
・財源が不足して再給付できないのであれば 医療従事者やずっと我慢を強いられている子供に使ってほしい。