7畳のタイニーハウスに夫婦2人暮らしのリアル
✍️記事要約
三浦半島のもぐら号、電気・ガス完備の快適空間
「タイニーハウス(小屋)」や「キャンピングカー」「バンライフ」のような、小さな空間での暮らしが関心を集めています。旅行のように数日ではなく、日常生活を送るのは不便ではないのでしょうか? 費用やその方法は? 夫妻でタイニーハウス暮らしをしている相馬由季さんと夫の哲平さんのお二人に、その等身大の暮らしを教えてもらいました。
■ 広さ12平米、ロフト5平米の自作タイニーハウス
米国では2008年のリーマンショック以降、西海岸を中心に、暮らしの選択肢としてタイニーハウスを選ぶ人たちが増えているといいます。このムーブメントは日本にも押し寄せ、タイニーハウスの認知度もじょじょに高まってきていますが、実際に「住まい」として暮らしはじめた人がいると聞き、取材に行ってきました。
当記事はSUUMOジャーナルの提供記事です
場所は、三浦半島のとある私鉄の駅から徒歩数分、森のなかに、まるで童話のなかに出てくるような車輪付きの「小屋」がぽつんと佇んでいます。あまりのかわいさに「映画やドラマのセット?」にも思えてきますが、これは立派な住まいです。
「引越してきたばかりのころは、『人が暮らしているの?』とよく聞かれました(笑)」と話すのはタイニーハウスの主でもある、相馬由季さんと哲平さん夫妻。車輪付きのタイニーハウスを由季さんのニックネームにちなんで「もぐら号」と名付けました。広さはわずか12平米とロフト5平米、室内はキッチン、バス、トイレ付きです。ひとり暮らし向けの物件でも部屋の広さは15~20平米を確保していることが多いことを考えると、よりコンパクトな住まいであることがわかるかもしれせん。
■ 水まわりなど以外は自分でつくる「セルフビルド」
このタイニーハウスで驚くのは、由季さんによる水まわりなど以外は自分でつくる「セルフビルド」であるということ。今でこそ、タイニーハウスを販売している会社も増えていますが、こちらはそうした市販品を使うことなく、木材から建材、トイレなどの住宅設備機器まで、ネットやホームセンターで購入し、つくったといいます。
「DIYのワークショップに1度参加したくらいで、特別なスキルもなかったんですが、はじめてみないことには何も進まないと思い、材料が置けて作業できる場所を探し、都内の木材屋さんの倉庫を借りて実際につくりはじめたんです。
2年かけて必死になって、どうにかこうにかタイニーハウスが完成し、ここで住み始めたのは2020年の年末。それから1年半経過しましたが、狭さや不便さは感じません」(由季さん)
哲平さんは秘境・登山ガイドという仕事のため留守にすることもありますが、基本的には二人で自宅で過ごしているといいます。仕事はテレワーク中心ですが、必要に応じて近所のカフェを利用できるため、不便ではないそう。二人にとって「広さ」は、暮らしの快適さにおいてさほど問題ではないのです。
■ ひと月にかかる費用は光熱費1万円のみ!?
相馬由季さんがタイニーハウスを知ったのは2014年ごろ。移動ができる小さな住まいにひと目ぼれし、海外のタイニーハウスに住む人々を訪ね歩いたといいます。
由季さんがタイニーハウス暮らしを思い描いていたころ、夫の哲平さんに出会いました。つきあいはじめてすぐに、「タイニーハウスで暮らす夢」について話したといいます。
「もともとシェアハウスで暮らしていたこと、登山が好きということもあって、室内が狭いということにはまったく抵抗がありませんでした」という哲平さん。どのような暮らしを送りたいか価値観をすり合わせるようにし、つくる過程で少しずつ二人で暮らす仕様になっていったといいます。
「料理好きなのでキッチンは大きめにしたり、180cm以上ある身長(夫)にあわせて、室内の高さを考えたり、少しずつ一緒に暮らす前提でつくっていきました」といい、いわばタイニーハウスは結婚する「二人らしさ」を形にした住まいなのです。結婚式を挙行するかわりにタイニーハウスづくり……、ありかもしれません。ただ、どの住宅もそうですが、夢と現実の条件面で折り合いを付ける必要があります。資金面や土地の事情の「リアル」「お金面」では、どのようになっているのでしょうか。
「タイニーハウスの土台となるシャーシが約120万円、設備や材料費、水まわり施工費が約250~300万円、完成したタイニーハウスの移設・設置費が約20万円ほどでした」と由季さん。およそ400万円で完成したといいます。
一方で難航したのが土地探しです。
「土地は2年くらいかけて探しました。以前は神奈川県横浜市のシェアハウスに暮らしていたのですが、理想の土地を求めて東京都内、千葉、神奈川などさまざま見学したものの、駅からの距離、土地の広さ、上下水道の引き込み、周辺環境など、気に入るものがなくて。今のこの場所は、駅を降りた瞬間から、駅からの距離、海への近さ、スーパーなど含めて気に入って、『ココだね』となったんです」(哲平さん)
土地の広さは1100平米で、価格は交渉。加えて、上下水道の引き込みなどで費用が100万円ほどかかりましたが、ローンは利用せずに思い切って一括で購入しました。
また、タイニーハウスは車輪がついているため、固定資産税がかかるのは土地のみです。自動車として扱うため自動車税と自動車重量税になり、現在かかっているひと月あたりの費用はこれらの税金と水道光熱費のみだそう。
「電気もガスも水道も少量ですむので、光熱費は毎月1万円程度でしょうか」(由季さん)といいます。生活するための住居費や光熱費を稼がなくては……というプレッシャーとは無縁で、より好きなことを仕事にできる感覚があります。
ほかにも「タイニーハウスづくり」を応援してくれた家具屋さんから、「新居祝いに」と庭のテーブルセットをもらったり、地元の植木屋さんから良い木を植えてもらったりと、人とのつながりに助けられている、と笑います。自然体の二人が楽しそうにタイニーハウス暮らしに挑戦しているからこそ、まわりも助けたくなるのかもしれません。
■ 小さくても断熱環境やキッチンのサイズはゆずらない
とはいえ、予算重視、予算ありきでタイニーハウスをつくったわけではありません。
「室内が小さいからこそ快適性はゆずりたくなくて、断熱材は厚めに入れましたし、窓は樹脂窓(フレームが樹脂製のため金属製に比べ断熱性の高い窓)にしました。キッチンは大きめにしましたし、トイレもバスも好きなものを選んでいます。また、赤い三角屋根のシルエットは、一貫してこだわった部分ですね」(由季さん)といいます。
タイニーハウスは、基本的にひと部屋。採用できる建具や設備が限られているからこそ、一つひとつのパーツ、こだわり、自分の好きなものをぎゅっと選べます。だからこそ、扉を開けたときに、つくり手の価値観が一目で表現できるのがおもしろさでもあります。相馬さん夫妻のタイニーハウスは断熱材や窓、開口部にこだわったこともあり、今年2022年の夏のような猛暑でもすぐに涼しくなり、冬は寒さを感じずに快適だそう。
■ 自分の「好き」に囲まれた暮らし
「完成した『もぐら号』にはたくさんの人が遊びに来てくれましたが、『意外と広い!』『快適なんだ』と言われることが多いですね。プロジェクターを設置したり、折りたたみのテーブルをつけたり、快適に暮らせる微調整は日々、続けています。だからこそ外から見ている以上に空間に広がりがあり、自分の好きに囲まれて暮らせていて、本当に心地いいんです」と話します。
季節の衣類や登山用具は、庭のガレージに保管しているため、過度に捨てたり処分したりの必要はないといいます。
「趣味のカメラでも、登山用品でも、一つ買ったら一つ売るを徹底しているので、すっきり暮らせているのも心地いいですね」と哲平さんは笑います。ちなみにもぐら号を見た哲平さんのお父さんは、「俺もほしい」と話していたそう。その気持ち、わかります。
■ タイニーハウスは人生を考える「きっかけ」
周囲の人からも大好評の「もぐら号」ですが、泊まってみたいという要望も多いことから、夫妻は今、第2棟となる「カワウソ号」を作成しています。今度は自作ではなくデザインと仕上げの内装は自分で行い、施工はプロに依頼しています。
「タイニーハウスで暮らしてみて改めて思ったのは、住まいを考えるということは、人生を考えるきっかけになるということです。住まいって、暮らし方、働き方、誰とどんな場所で生きていきたいのか、考えるきっかけになりますよね。特にタイニーハウスは小さいからこそ、暮らしや自身の価値観と向き合わないとできないんです」と話します。
やはり小さく、制限があるからこそ、本当に大切にしたいものは何かをよく考え、厳選するようになるのかもしれません。特にコロナでさまざまな価値観が変わった今こそ、「やりたいことをベースにする」に、イチから住まい方を考え直したい、そう思う人が多いからこそ、相馬さんのタイニーハウスづくりを応援したい、興味をもっているという人が増えているのでしょう。
「日本で誰もやったことがない」ことから、「自分がやりたいからやってみる」とタイニーハウスづくりをはじめた相馬さん。「住居費のためではなくて、自分の人生を生きたい」と考えるなら、まずは今までの住まいのあり方を疑ってみるのも、ひとつの方法かもしれません。
◇ ◇ ◇