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「世界最高齢の総務部員」90歳のエクセル達人とは[2022.5.31]

「世界最高齢の総務部員」90歳のエクセル達人とは

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✍️記事要約

✅ 「世界最高齢の総務部員」90歳のエクセル達人が放つ"IT嫌い"がぐうの音も出ない言葉

玉置泰子さん90歳。大阪にある専門商社サンコーインダストリーで勤続65年、現社長が生れる前から勤務してきたベテランだ。通常業務でエクセルを駆使し、新入社員への社史説明では毎年パワポを作り変えてプレゼンする。新しいものを恐れずに学び、成長し続ける姿は社員に好影響を生んでいる。年齢を重ねても現役を続ける女性の仕事のポリシーに迫る連載「Over80『50年働いてきました』」。第1回は、ギネスに登録された世界最高齢総務部員――。

■ ギネス世界記録に認定された90歳の総務部員
「世界最高齢総務部員」としてギネス世界記録に認定された女性がいると聞いて、大阪市西区にあるサンコーインダストリーを訪ねることにした。

サンコーは昭和21年創業の(当時の社名は三興鋲螺)ねじの専門商社である。資本金1億円、社員数432名、うち女性が183名(42.4%)を占めるというから、専門商社の中では女性比率が高い会社だ(専門商社の平均は30%。マイナビ調べ)。

サンコーのHPにある案内図に従って大阪メトロ四つ橋線の22号出口に向かうと、サンコーの看板が目に飛び込んでくる。いきなり、度肝を抜かれてしまった。

「頭のねじくらい 飛んでる方が おもしれぇ。」

いまは亡き内田裕也が、看板の中でこう叫んでいた。

■ 肩書は、総務部長付の課長
22号出口から徒歩5分。一筋縄ではいかない会社なのだろうという予感を抱えてサンコーの本社に足を踏み入れると、妙に開放感のあるフロアで、社員たちが賑やかに仕事をしていた。案内を受けて総務部に向かうと、「世界最高齢総務部員」がパソコン画面を見つめていた。椅子の背もたれで隠れてしまうほど体が小さい。

玉置泰子、90歳。60歳でいったん定年となってサンコーHDに転籍し、HDからサンコーに出向する形で仕事を継続している。肩書は総務部長付の課長。仕事内容は経理事務とTQC(職務改善のサークル活動)の事務局の運営である。

雇用形態は1年ごとの契約だから、ご本人の言葉を借りれば、「現実的には嘱託みたいなもの」。言葉の明瞭さ、説明の的確さにたじたじとなる。

■ 15歳で父を亡くし、高校卒業後ずっと働いてきた
玉置は1930年(昭和5年)に大阪で生まれた、生粋の浪花っ子である。1930年といえば昭和恐慌のまっただ中。翌年に満州事変が勃発して、わが国が戦争への道を歩み始める起点となった年である。

「私、終戦の年に15歳でしたが、父が戦争による過労で戦後すぐに亡くなってしまって、母も病弱だったものですから、高校を卒業してからずっと仕事をしてきました。弟と妹が合わせて3人いましたから、働くことを義務付けられたようなものでした」

高校を卒業して生保に3年勤め、紡績工場を経て、1955年、25歳の時にサンコーで働き始めた。勤続、実に65年である。

「サンコーが一番居心地がよかったので、ここまで継続することができたと思います」

現在も、月曜日から金曜日まで、9時から5時半まで働く。土曜日も「総務に誰かいないといけないから」と、当番の日は午前中だけ出社している。いくら居心地がいいとはいえ、90歳という超高齢者が働き続けるのは並大抵のことではないだろう。サンコーはそんなに働きやすい会社なのだろうか?

■ 社長が癒やしてくれる
「ひとつは、上下の壁がないということですね。部長はもちろんのこと、社長に対しても人を介さずに直接ものが言える会社なんです。会社が終われば社長と一緒にアスレチックに行ったり、おいしいもんを食べに行ったり。一番のねぎらいは、社長が隣にいて癒やしてくれることなんです」

社長が癒やしてくれる……。

にわかには理解し難い言葉である。

「サンコーは課とチームを主体に動いていて、優秀社員の表彰もチームの成績がよかった中での個人の表彰という形なので、ひとりだけがんばっても、チームがよくならなければ評価されないんです。営業も男女のペアでチームを組むようになっていて、必ず2人以上で仕事をしています。常に相棒と一緒に成績評価をされるので、個人が追い込まれることが絶対にない。常に誰かと一緒というところが、とても心強いんです」

玉置の上司に当たる、総務部長の佐藤宏彦が補足してくれた。

「年に2回、賞与の時期に個人評価をしていまして、評価の高い順に、最優秀賞、優秀賞、新人賞を授与しています。個人を評価する軸は、年功序列と成績評価が半々の割合で、年功序列を半分入れることで、成績オンリーになることを防いでいるのです」

■ 目標は「達成できそうな数字」
個人を追い込む成果主義ではないということだろうか。ちなみに玉置自身に個人としての受賞歴はないというから、勤続年数の長さは個人として突出した能力があることとリンクしているわけではないようだ。

いくら、課やチームで評価されるといっても、ノルマがきつければチームが追い込まれることになる。それは結局、個人を追い込むことになるのではないだろうか。佐藤が言う。

「年度初めに全社の売り上げ目標を決めて、それを各課に細分化して、さらに各担当チームに割り当てていきます。玉置が言っているチームとはこの担当チームのことで、2人から3人が1組になって顧客を担当しています。しかも、全社の売り上げ目標が『達成できそうな数字』なので、チームが追い込まれるということもないんです」

達成できそうな数字……。またしても、摩訶不思議な言葉の登場である。

■ 課長時代に全員にボイコットされる大失敗
とりあえず、サンコーが個人を追い込まない会社であるとして、では、女性の処遇はどうだろうか。玉置の年齢を考えればITスキルの問題も気になるところだ。90歳という高齢で、果たして職場のIT化に追随していくことができているのだろうか。

「私は40代で課長になりました。サンコーは女性が普通に役職に登用されている会社で、いまは女性の取締役も部長も課長もいてますけれど、私が40代で課長になった当時は、まだ会社の組織がきちっとできていない時代で、マネジメントということもよくわからないまま年功で課長になったんです。

若い頃の私は融通の利かん人間でね、何でも言うたら聞いてくれるやろと思っていました。ところが決算の時期に『残業して』と言ったら、課の全員からボイコットされてしまったんです。それから試行錯誤して、『一緒にやりましょう。お願いしますね』というふうに、絶対に上から物を言わないようにしました。だから、課長とかいう意識、今でもぜんぜんないんです。みんなと一緒に成長していこうということですわ」

玉置は現在、漢字検定準一級の試験に向けて勉強中だという。90歳にして文字通り“成長”のさなかにあるというから、驚く。

■ IT導入に「こんな面白いものはない」と興奮
では、ITについてはどうか。

「エクセルとかワードを使うだけで、プログラミングはやらないので創造性には欠けますけれど、エクセルひとつとっても奥が深いんですよ」

サンコーがコンピュータを導入したのは、1981年(昭和56年)のことだが、玉置によれば導入の6年も前から事前教育が行われていたという。6年という長さに再び驚く。

「先代の社長が大阪の青年会議所というところで情報工学の先生と親しくなって、コンピュータの基礎を勉強させてくれたんです。在庫管理とか私が担当している経理事務もコンピュータ化に適しているということで、それまではソロバン置いて、受け取り台帳とか割引台帳とかいくつもの台帳に手書きをしていて、それが間違いの原因にもなったんですが、コンピュータは入力すればいっぺんに合計も取ってくれるということで、こんなに面白いものはない! というのが当時の私の感想でした」

■ ゴミを入れたらゴミしか出てこない
玉置は好奇心が強く、変化が好きだという。趣味は読書、俳句、短歌、随筆の執筆。

「いい文章を書くには、写生するのと一緒で物事をじっくりと眺めて、その裏側にあることまで感じとることが大切ですね。コンピュータだって、よく知らない人ほど『なんとなく怖い』ってなるんです。私は導入前に6年も丁寧に教えてもらったから、ちっとも怖いと思わなかった。よくわかってない人には、『コンピュータってゴミを入れたらゴミしか出てこない。有効なものを入力するのが大事よ』って教えてあげるんです」

毎朝20分かけて新聞の見出しをチェックし、休日にはスマホでグルメ情報をゲットしておいしい物を食べに行く。読書も好きで、毎週数冊の本を読むという。

「今日は国際女性デー(3月8日)ですから、渡辺淳一さんの『花埋み』を読み返しています。日本で初めての女医、荻野吟子さんの話です」

■ 今日が人生最後の日になっても悔いがない
玉置の働く喜びとは何だろうか。

「サンコーでは常に、誰かの役に立っているか? と問いかけながら仕事をする。これが根本にあるんですね。経理というのもひとりでやる仕事ではなく、たくさんの人の手を経て出来上がる仕事なので、私も後工程の人が仕事をやりやすいということを常に考えながら仕事をしています。仕事の優先順位もそれで決まってきます。

会社全体がそうだから、自分の仕事が人のためになっているという実感を得やすいのだと思います。伝票ひとつ持っていっても、『ありがとう。助かりました』という言葉を聞けるので、ああ、早く渡せてよかったなぁと思って、それが仕事のやりがい、働く喜びになる。私の信条は禅で言う『いまを生きる』ですが、こういう生き方をしていたら、今日が人生最後の日になっても悔いがないんです」

さて、玉置が並みの高齢者でないことは疑いないが、それとサンコーの「居心地のよさ」はまた別の問題だろう。そして「社長が癒やしてくれる」「(目標が)達成できそうな数字」といった、謎の言葉も謎のままである。

ここは、当の社長に話を聞いてみるしかあるまい。

■ 「威張って業績が上がるなら、なんぼでも威張ります」
「玉置さん、サンコーは居心地のいい会社だから長く居られる。社長といると癒やされる、なんて言ってましたよ」

こう伝えると、

「あはは、そんなこと言うてましたか。玉置、僕が子供の頃からおるんでね、その頃すでに婆さんでしたけど」

と言って、からからと笑った。

ギネスに認定された「世界最高齢総務部員」が勤めるねじの専門商社、サンコーインダストリーの社長、奥山淑英(47歳)は創業社長から数えて三代目に当たる。

「たしかに、オヤジは威張らない人間ですね。威張って業績が上がるんやったらなんぼでも威張りますけど、業績に関係ないことはオヤジも僕もする意味がないと思ってますんで」

奥山の経営に対する考え方は、大阪的というのかなんというのか、極めて合理的でありながら、結果としては人情味があるという不思議なものである。

「僕も含めて、社員はサンコーのカルチャーにドはまりしてると思いますが、ひとことで言うと『みんなでがんばって、みんなで分け合おう』ということですわ。会社というのはやっぱり集団生活ですから、明日も楽しく会社に行きたいと思えるように、みんなでいい環境をつくっていこうということです」

■ 採用ではスペックの高さを求めない
たしかに、社内の雰囲気は明るいし、職場全体に活気がある。

「このカルチャーを裏返して言えば、スペックの高い人間はあまり求めていないということなんです。スーパー級の人間をたくさん集めたら、おそらく業績はアップするんでしょうが、採用の時もそういうことは求めていない。見ているのは、サンコーに合うか合わないかぐらいです」

個人にスペックの高さを求めないということは、どうやら、玉置の言う「個人が追い込まれない」ことと関わりがありそうだ。

個々のスペックは高くないと自認する集団は、いかにして競合他社と戦っているのだろうか。

■ チーム力と風通しの良さの両立
「サンコーはチーム力で戦っているわけですけれど、チーム力はあまり強くなり過ぎるとセクショナリズムになる。セクショナリズムになったらあかんのやけど、セクションが完全になくなるのもあかん。この絶妙なバランスを保つことが常に課題なんです」

営業活動が常に2~3人のチームで行われ、チームごとの目標管理が行われていることは前編で触れた通りである。これが「個人を追い込まない」仕組みのひとつなわけだが、一方で奥山は、チームの結束が強固になり過ぎることも予防しているというのだ。なぜだろうか。

「ねじって特殊な商品で、90万種類もある上に、お客様の業種によって呼び方が違ったり、サイズが変わると名称が変わったりするんで、商売をするには商品知識がとても重要になるんです。しかもそれは、ググって出てくる知識じゃない。知ってる人に聞くのが一番てっとり早いわけですが、セクショナリズムが発生すると気軽に人に聞けなくなってしまいます。

だから、風通しのいい社風が必要なんですが、物理的に風が通らへんかったら風通しのいい会社はできませんから、うちにはパーテーションもないし、目の高さよりも上に物を置かないようにしている。サンコーは、少なくともフロア単位ではセクショナリズムが発生してないんです」

■ ハイスペック人材に頼らず競合と勝負できる仕組み
これが、会社に足を踏み入れたときに感じた、開放感や活気の背景かもしれない。しかし、パーテーションを置かないだけで十分な情報共有ができるとも思えない。

「そこでITの出番になるわけです。人間の能力の差って、知識が属人化されてるから生じたりするわけで、だったら、個人個人が持っている知識をきちんと収集してデータベース化して、きちんと配布できるようにフォーマット化してやれば、誰でも同じ知識を持てるようになる。サンコーはそれをITで実現しています。うちのITはすごいですよ」

つまり、個人が仕事を通して仕入れた知識をブラックボックスにせず、ITによって全社員の共有財産とすることで、いわば「能力の均質化」を図っているわけだ。そうすることで、ハイスペック人材を採用しなくても競合と渡り合える戦力を備えている。

「そもそも僕自身が中ぐらいの人間なんでね(笑)。僕はサンコーに入る前、DTPを使ってひとりで音楽関係のポスターやHPを制作したりしていたんですが、DTPってひとつ分からんことがあるとまったく先に進めない。2日も3日もヒマかけて、やっと分かってみたらこんなに簡単なことやったんかと。こんなもん、知ってる人に聞けたら秒で解決することやんかと。ところがサンコーに入ったら、コンピュータについてわからんことを周りの人にフッと聞くと、パッと答えが返ってくる。ああ、集団ってこのためにあるんやなと、しみじみ感じたんです」

「誰でも達成できそうな数字」は目標になりえるのか
サンコーは風通しのよさとITの活用によって、集団の強みを最大限に引き出している会社なのだ。それが玉置の言う「居心地のよさ」の内実だろうか。

もうひとつ、謎の言葉があった。それは「達成できそうな数字」である。達成できそうな数字では、普通、目標にならない気がするのだが……。

「多くの企業が設定している目標って、たいていの場合、目標じゃなくて賞罰なんですよ。だから無茶な目標を立てることが正義とされていて、無茶な目標だからこそ、達成できると褒めてもらえるんです。でも、これってすごくおかしな話で、1年かけて3キロダイエットすれば適性体重になる人が、今年はちょっとキツめに5キロ減を目標にしたろって、普通、考えないでしょう」

たしかにそう言われればそうだが、目標を高く設定することによって、潜在的な能力が引き出されるのも事実ではないだろうか。

「急激に業績を伸ばそうとするから、目標を賞罰にすり替えて、達成できない個人を罰し、個人の責任を追及するようになるんです。でも、少しずつ成長していこうと思ったら、賞罰にする必要なんてないんです。

サンコーは誰でも達成できる、『行ける目標』しか立てません。採用担当の社員がいいこと言ってました。『うちには目標はあるけれど、ノルマはない』って。ノルマなんかあったら、社内がピリピリして嫌ややないですか(笑)」

■ 90歳の超高齢者は戦力になっているのか
なるほどと感心しつつ、いくらITを駆使して総合力で勝負しているからハイスペックな人材は求めていないのだと説明されても、さすがに90歳の超高齢者が本当に戦力になっているのかどうか、確信が持てない。

「うーん、僕はギネスに載るって言われても、ああそうなんと、特別なことだとは思いませんでしたけどね。たしかに、高齢になればそれまでやっていた仕事のパフォーマンスは下がるかもしれません。でもそれは、同じ仕事を同じパフォーマンスでさそうと思うから『アカンなぁ』となるわけで、仕事の配分をきちっと見直して最適化してやれば、また同じような結果が出せるんです。それをやるのが、経営者の仕事ではないでしょうか」

■ 全社員に影響のある大きな存在
玉置は現在、経理事務とTQCの事務局を担当している。しかし、それ以外にも重要な“存在意義”があると奥山は言う。ひとつはサンコーの語り部としての活動だ。オイルショックやバブル崩壊といった危機をサンコーがいかに乗り越えてきたかを、主に新入社員に向けてレクチャーする役割を担っている。そしてもうひとつの役割が……。

「サンコーは商社なんで、男性よりも圧倒的にコミュニケーション能力が高い女性に、なるべく長く働いてほしいんです。だから、産休育休だけやなしに、月に1回社食でスイーツデーを開いたりして女性の福利厚生に力を入れています。それでも、同期入社のひとりが結婚退職してしまうと、ばーっと女性社員がやめてしまうような現象がいまでもあるんで、そこに玉置がいてくれると、彼女の後を追っていこうという女性社員が現れてくる。玉置は、長く働きたい女性社員の心の支えになっているんです。僕は女性社員だけでなく、社員全員になるべく長く働いてほしいと願っているんですけどね」

なるほど、これが「社長が癒やしてくれる」ということかと、ちょっと涙が出そうになった。

総務部長の佐藤は、サンコーは玉置にとって「家族そのもの」ではないかと言う。なにしろ最高齢でありながら、いまだに会社の戸締りをして最後に帰宅するというのだ。奥山が言う。

「だから、若手が帰るときに高いところにある窓とか全部閉めて、玉置がスッと帰れるように配慮しているんです。いつまで働かせるつもりかって? 家族と同じやからね、家族の誰かがトシとったからって家から追い出しますか? 普通はせんでしょう」

玉置は、サンコーの机の上で死にたいと言っているそうだが……。

「まあ、人間、言うてもしゃあないことは、しゃあないですからね。泰子さんのこと、みんなはサンコーのお母さんって呼んでるけど、僕にとってはお婆ちゃんやからね」

いつまでも元気で働き続けてほしいという、奥山の気持ちがにじむ言葉だ。

サンコーインダストリーは極めて家族主義的でありながら、暑苦しさや息苦しさが感じられないのは、大げさに言えば、上から押し付けられた家父長制的な家族主義ではないからだろう。

玉置になぜ毎日戸締りをするのかと尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「私の子や孫が安心して働けるように、私がしっかり鍵をかけて帰らんとね」

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